【ロシア】200日の漂流―モスクワ大学留学記2010-2011

2010年12月16日

帰国者の背中

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 モスクワには、知り合い一人いない状態でやってきた。だから、こちらで会う人たちは、みな、「はじめまして」ばかり。出会いに出会い、出会いに出会う。
 だけれども、出会いばかりではない。別れもある。

 もうすでに、帰国された人たちはいるけれども、この12月から1月にかけては、帰国ラッシュで、いく人の人が、国に帰ります。日本人なら、会える可能性はわりあい高いですが、外国人の友だちとは、そうやすやすと会えるわけではありません。
 ここ最近、何人かの帰国を見送ったせいか、そのようなことを考えるようになりました。

帰国する当人の後姿を見て、彼らは何を思っているのだろうと、考えることになりました。実際に、その人たちに、帰国する感覚はどうですか、と聞いてみたところで、それは、断片的な答えにすぎないかもしれません。もう少しいたい、だとか、帰国が待ち遠しいとかいう気持ちが入り混じっているのだろうか、と想像をめぐらすしだい。もう当人のみ感ずる心持ちです。

果たして、自分自身は、どう思うだろうか、と自問する。うっすらと想像はしてみるけれども、あくまでうっすらとしているままです。はっきりは、分からない。けれども、心構えは、どうやら必要かもしれません。

 国に帰る人たちの背中は、僕にそのように問いかけた。

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2010年12月14日

暗い、暗い……

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 最近、というかここひと月近く、起きるのが遅くなってきています。もっとも、これまで早く起きすぎていたということもありますが、それにしても、一時間ほど起床の時間がずれたことは、紛れもない事実です。それでいて、帰宅後に、夕方から夜中前まで寝てしまうという癖も、出てきています。特に、授業終わりに何も予定がないときは、ほとんどその時間に寝てしまいます。

 なぜだろうと思ったところで、答えは簡単だと気づきました。ただただ暗いだけです。日照時間が短いだけです。朝目が覚めても、暗い。完全に日が出ているころには、授業が始まってしまいますので、遅刻確定です。油断して二度寝なんてしてしまったときには、気をつけねばなりません。

 帰宅すると、もう暗い。まだ17時も回っていないのに、暗い。少し横になろうかな、と思って電気でも消してみると、もう完全な夜。そのまま、お休みなさい。おきたら、まだ21時だったということも多々あります。

 と、最近、気が抜けている日々が続いております。ちょうど、留学も半分が過ぎたころで、まあ、これがいわゆる「中だるみ」なのだろうと思い、また盛り返さねばならないわけです。
 何だかんだで、無欠席が続いているけれども、やはり規則的な生活リズムを伴ったものでなければなりません。反省……。

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2010年12月07日

スケート……

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凍結する、モスクワ川

 2週間くらい前に、とある大きなショッピングモールへ行ったさいに、その中に設置されているスケート場で、実際に滑ってきました。

 スケートの経験は、そのときが人生で2回目で、初めて行ったのは、小学1年生くらいのときでした。夏はプールで、冬はスケート場になるという、まあよくある施設で、これまた、とあるデパートの近くに設置されていたものでした。今は、もう無き、そのスケート場で滑ったという事実は覚えていますが、どうやって滑っていたかの、体感はまったく覚えておりませんでした。ですので、モスクワでのスケートは、ほぼ初めてと言ってもよかったのです。

 滑る前から、今日はもう駄目だな、と悟っていました。というのは、僕は、初めてする運動には、ことに音痴なのです。数回繰り返してから、ようやく初心者レベルに達するので、小一時間くらいでスイスイといくわけはないと、はなっから分かっておりました。
 そのようなことを言うものだから、同行していた人が「ローラーブレードの感覚だよ」というのですが、その感覚が分からない(汗)これまた幼いころに、ローラーブレードに挑戦したことがあったのですが、まず立つことができず、あえなく挫折。それ以来二度とスケート系の遊びには触れておりません。

 さて、実際の滑りのほうについてですが、上記のようなことがあるにも関わらず、「ひょっとしたら、スイスイいけるかもしれない。だって、前に滑ったのは小さいころだし、あの時よりは運動神経はうんとよくなっているはずだし……」と、淡い、あまりに淡い期待を抱いていたのでした。思い上がりもいいところです……
 
 本当に、思い上がりもいいところでした。まず、立てない!ついでに滑れない!そしてコケル!40分ほどの間に、転倒5回!(ちなみに無傷でした)しかも、ほとんど壁伝いにも関わらずの転倒ですので、僕の運動神経の鈍さを笑ってください(泣)

 しかも、その不恰好な日本人をあざ笑うかのように、ロシア人たちは滑りが上手なのです。4歳くらいの子どもも、鼻で笑いながら、この生まれたての牛のようなアジア人の横を通りすぎる。

 終わったころには、慣れないスケート靴のせいで、早くも筋肉痛が襲い、いつの間にか汗だくでした。意外と激しい運動だったようです。
 
 ため息をつきながら、とぼとぼと帰りましたよ、その日は。でも次回も、滑ろうと言われたら、「いいよ」と言ってしまうんだろうなあ……。運動が苦手なわりに、運動が好きなのは、小さいころから変わりません……。

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2010年12月01日

3ヶ月のけじめ3

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 モスクワへ出発する前には、いろいろと思いをめぐらせた、ということには少し触れた。そして、実際に自身で初めてとなる異国の地を踏み、異国の空気を吸い、留学生活は始まった。しかしながら、これが外国かあ、といちいち感慨にふけっている暇などはほとんどなく、ただ目の前の現実と向き合っていくだけで精一杯だった。だから、慣れたころには、毎日カルチャーショックだ、などという初々しい感想を抱くことは少なくなっていた。もちろん、日本とロシアという完全に文化的背景も異なる国なので、違いがあることは当然であって、それらについては、すでにブログに記事としてあがっている。

 僕が、モスクワへやってきて、一番驚いているのは、意外にも日本人の学生が多いということだった。日本でロシア語を扱っている大学といえば、だいたい名前が限られてくるけれども、それぞれの大学から留学生たちが集まっている。北は札幌から、東京、大阪、神戸などなど。総勢で20人弱くらいだろうか。正直言って、これまで早稲田というコミュニティーしか知らなかった僕にとっては、各大学の人たちと接することは、とても新鮮なことだった。モスクワの生活に加え、この「日本人社会」で生きていくということは、予想もしていないことだった。
 この「日本人社会」で、実は僕が一番年少である。学年も一番低い。同じ年、同じ学年もいない。だから、留学先の日本人の人たちは、みな「先輩」である。もともと年上の人たちと接するのが好きな性質(たち)だったので、まったくもって嬉しい環境だと思っている。「先輩」たちには、毎日刺激を受けている。もちろん、彼ら彼女らは、ロシア語が堪能であって、当たり前だが、人間的にも大人であって、僕はまだまだガキだな、と思い知らされることが多い……。そして、一番大事なのは、いい意味で「変わりもの」が集まっていて、初めて出会うような人たちが多いということ。「先輩」たちには、毎日刺激を受けている。

 僕は、この「先輩」たちにずいぶんと助けていただいている。特に、やって来たばかりのころは、右も左もわからない自分は、助けられてばかりだった。〜へ行きたいのだが、インターネットを繋げたいのだが、寮の手続きはどうすればよいか、などなど、着たばかりのころは、完全に負んぶに抱っこだったような気がする。第一、僕は、ロシア人の話すスピードについて行けなく、ほとんど言葉を理解していなかったので、助けなしでは生きていくのが困難だった。そんな状態にも関わらず、一つも嫌な顔をせずに、親切に接してくれる「先輩」たちには、もうすでに返し切れぬ恩をいただいている。
 また、技術的な指導だけではなく、人として教えられることも少なくはない。留学生活を何ヶ月もくぐってきた人たちは、それなりの「修羅場」を経ているので、彼ら彼女らの言葉というのは、非常に重みがあるように思う。普通に話していても、やはり経験に裏打ちされた言葉というのは重い。「先輩」たちは、最初は僕と同じように、「先輩」たちの「先輩」にお世話になったという。そして、やはり返し切れぬ恩を受けたと言っている。だから、次にやって来る「後輩」たちに、恩を還元しているだけだ、と続ける。このようなことを笑いながら、さらっと言ってしまうのだが、その言葉の意味するものは大切なことだと思う。
 留学3ヶ月で、かなりお世話になっているというのだから、帰国するころには、本当に莫大な恩だけが残るのだと思う。
 
「先輩」たちの中には、もう帰国された人たちも何人かいる。たった数ヶ月の付き合いなのに、日本での連絡先を教えてもらい、帰国した暁には再会を、と約束をしている。そう考えたときに、いかに濃密に、時間を共にしていたかを、改めて思い知らされる。
 
 繰り返しになるけれども、ここまで日本人の人たちにお世話になるとは思っていなかった。もちろん、毎日一分一秒、行動を共にするということはないが、一番肝心なときに力になってくれているのは、やはり日本人の人たちである。この「先輩」たちとの出会いは、本当に、意外な「恵み」だった。それもとても大きな「恵み」だった。

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posted by Itta at 09:14| Comment(2) | 留学日誌(個人的近況) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月30日

3ヶ月のけじめ2

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 実際の留学生活を振り返る前に、ひとつ、整理しておかねばならないことがある。

「なぜロシア語を学ぶのか」

 という問いに向き合うことである。この類の質問は、日本にいるときから、そして留学先で、いく度となく聞かれたものだ。はっきり言うと、一から百まで明確な回答をすることはできない。昨日書いたように、ロシアに興味を持つ「きっかけ」こそあるけれども、それらは、現在なおロシア語を継続して学んでいることの理由と直接には結びつかない。もしも、きっかけがあっても、途中で投げ出してしまえば、今ロシアについて学ぶ必要はない。
 「なぜロシア語を学ぶのか」。耳が腐るほどに聞かれ続けたこの問いには、何度も向き合っては、逃げた。今年の9月12日に、とある文章を書いていたのだが、このときの回答は、自分でも狡猾なもののように思えた。

 このようなはかない興味を高校時代に抱き、そのまま大学に入った。大学では、第二外国語を選択せねばならず、私は興味のあったロシアの言語を選んだ。たまたま、語学クラスの担任の先生が熱心だったこともあり、私はロシア語を勉強し続けた。いつからだろうか、ロシアの政治、経済、文化、哲学などなどに興味を抱いてしまった。すると必然的にそれらを勉強してしまうのである。そして、妙にそれらの勉強が面白く、心地がよい。現在、モスクワに入国して12日。私は相変わらず、この延長線上にいるのである。
 だから、ロシアに来ている理由や、ロシア語を勉強している理由は答えられない。これほど難しい問いは、今のところ私にはほとんどない。逆に言えば、この理由がはっきり答えられた瞬間に、私のロシアへの興味というのは、おのずと限界点が現れ、最終的には消えうせてしまうのではないか、と最近では思うようになった。(2010年9月12日)


 少しキザな表現をすれば、ロシアに「魅せられている」とでも言おうか。この感覚は決して間違ってはいない。それでも、留学し立てのころと、考えが変わらぬというのは、いささか問題だと思う。これから、わずかながら自分に素直になって、回答をひねり出してみたい。
 
 今、ロシア語を学んでいるということは、一応将来へと結びつくことを意味している。人生において、最終的には「作家」として飯を食べて生きたいと考えている僕にとって、ロシアというのは、一つの大きな主題になる。いつしか、ロシアについて書いてみたい。それがノンフィクションという形をとるのか、小説という形をとるかは別にして、ロシアについて書いてみたい。そのような漠然としていた思いが、ふつふつと留学中、日に日に増していることは、僕の素直な心情だ。
 いく人もの先人たちは、ロシアについてたくさんの書を残したけれども、それでは時代は移り変わっているのである。司馬遼太郎のような、偉大な先人も、今の一瞬一瞬を流れる「現代の」もの書くことはもうできない。今、論壇を賑わせているロシアの専門家たちも、今のロシアをどうしてもソ連時代と比較してしまうだろうから、純粋に、素直に、「現代の」ロシアと向き合うことは難しいだろう。
 そこで、自分という存在について考えてみる。僕は、ソ連が崩壊した1991年に、この世に生を受けた。僕の生まれた9ヶ月後に、ソ連は崩壊した。だから、僕にとってソ連とは単に「歴史」にしか過ぎず、その位置づけは、第二次世界大戦の延長上でしかない。いずれ社会に出るであろう、冷戦を知らない世代なのである。僕を含めたこの世代の時代は必ずやって来る。いや、もう訪れているのかもしれない。そのときに、鍵となるのが、「時代は時代の書き手(表現者)を要求する」ということである。僕は、この潮流に乗っからなければならないと思っている。むしろ、この機会を利用しない手はないと思っている。

 そう考えたときに、ロシアについて興味を持ち、ロシア語を学んでいることの「理由」や「意味」が少しだけ垣間見えたような気がする。時代のロシアを書きたい、と。そのためにも「現代人」として、世の中の変化を鋭敏に嗅ぎとっていかなければならない。それは、いつの世代の人でも、通らねばならないことなのかもしれない。


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posted by Itta at 05:59| Comment(1) | 留学日誌(個人的近況) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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