【ロシア】200日の漂流―モスクワ大学留学記2010-2011

2011年02月27日

ウクライナ、ポーランド、チェコ……

 これから1週間と少し、旅行へ行ってきます。こちらにいるのも、あと少しとのことなので、思い切って計画しました。行き先は、キエフ、ワルシャワ、クラクフ、プラハ。まったくの一人旅です。

 一応パソコンは持ち運びますので、ネット環境次第では、現地から記事を打ちたいと思います。

 それでは、取り急ぎ失礼します。


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2011年02月26日

一時の別れ

 1月の末に、とてもお世話になった日本人の人の帰国を見届けたときに、「あと2ヶ月を大事にして」と言われてから、もう1ヶ月経ちました。そして、そのときに、「あと1ヶ月だ」と言っていた人が、昨日日本へ発ちました。言われたことは、「あと1ヶ月楽しんで」ということ。ずしりずしりと、言葉が重くなっていくのが分かります。

 最近では、やはり帰国をどうしても意識してしまうものです。もっとも、大学側への資料の作成や帰りの切符を気にし始めていることからすれば当然です。また、それと平行して、モスクワでお世話になった人にぼちぼちあいさつに伺ったり、個人的に会って話してみたりということもはじめています。

 でも、決して「最後のあいさつ」ではないことは確かであります。もちろん人間何が起こるかは分かりませんが、少なくとも僕は再会を期待しています。

 「一時の別れ」を告げに街を歩く日を送りそうです。

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2011年02月14日

帰国の意識

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 先日、モスクワでも有名なお土産の名所へ足を運んだ。たくさんの出店が出ているところだったけれども、出店に並んでいるものは、いかにもロシアのお土産といった見慣れたものばかりだった。ただ、いよいよそのような見慣れたものを購入して、これは誰にあげようなどと思案し始めているのは、明らかにこのモスクワ生活の終わりが近いことをあらわしている。もうお土産を準備する期間なのかあ、と感慨深く思ったしだい。


 昨日未明に、日本の大学へ連絡を入れた。帰国して、復学するに当たっていくつか質問事項があったので、事務所と奨学課にそれぞれ電話をした。プルル、プルルという日本独特のコール音を聞くのはひさびさだった。電話に出た女性の事務的な受け答えも久しぶりだった。妙に懐かしかった。
 通話の前後にできるだけ自分で調べて、電話がスムーズに進むように質問をまとめるなどしていたら、すべて確認が終わったのは、もう朝の4時半だった。
 来年の4月から3年生として戻ります、などという会話は、僕に東京での再びの生活を考えさせる。


 もう残り期間がわずかだということは周囲も知っていて、よく「日本に帰りたい?」という質問もされる。正直なところ、まだまだ残っていたいという願望もなくもない。しかしながら、3月末に帰国して4年間で大学を卒業することは、もともと決めていたことで、それに合わせて生活してきた感はある。そうやって生活して、その枠組みで考えていると、自然と帰国後にやるべきことや、やりたいことがどんどんと浮かび上がってきて、不思議と充実した残り2年間の大学生活が想像できた。だから、今の僕には、あらゆる「個人的な企画」があって、それらを考え出すと、むしろ帰国しなければならないという念すら思い浮かぶ。
 もちろん、もう少しこちらに残れば、特に語学面で更なる飛躍が期待できるけれども、それでも区切りは必要だ。決して現状には満足していないけれども、いずれは帰らなければならない。だから帰国のタイミングとしては今のままでよいのだ、と自分に言い聞かせている。

 ここ数日、僕の帰国後の姿が、よりクリアにイメージされた。それは同時に、じきにモスクワを後にすることをあらわし、新たなときの訪れを示唆している。

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2011年02月03日

言い訳

 ここ最近、「ブログが停滞気味だね」と言われて、何も答えられないのが正直なところです。
 何かを書こうとして、実際に書いて、いや、こんな内容では駄目だ、と思ってボツにしたものがいくつかあります。そうなったときに、他の内容に差し替えて、毎日の更新を継続すればいいのでしょうが、新しい記事を書く気にもなれないですし、サラッとネタになるような記事を書けるほどの適応力と即興性は、まだまだ僕には身についていないのでしょう。とうとう書けずに、夜を過ごして、朝眠い顔をしているのが現実です……。

 すべては自分の力量不足から来ているものなので、誰も責めることはできないですし、やってはいけません。責めるべきは自分なのです。

 もっとも、思うようにポンポンと思い浮かぶことを書くことが以前よりも困難になったのには、理由がありますし、その現状を浮き彫りにする証拠もそろっています。
 理由としては、毎日同じ生活を続けていけば、自然と特筆すべきものが減っていくということ。当然といえば当然であって、生活に変化をつけて「動け」ば解決されることです。また、その証拠としては、新しい写真の枚数が減ってきていること。猛烈な勢いで写真を撮って、メモリを移し変えたりしたものですが、最近は、そうすることが少なくなっています。

 言い訳がましくて、自分に対して虫唾が走るのが分かります。毎日続けていれば、良いことも悪いことも起こるといいますが、その悪いことだ、と割り切ってまた頑張っていきます。

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2011年01月31日

今、ここに生きることの「リアル」

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 今の世の中インターネットさえあれば、世界を見渡すことができる、という謳い文句は、何度も聞いたことがある。確かに、他の外国語のサイトを見たり、世界中のニュースを集めたり、SNSサイトで外国の人と交流したりと、手段としては、ほぼ無限にある。だから、ときどき、外国に出る必要もない、と言い出したり、意味もないと言い出したりする人が出てきてしまうのも、頷けなくもない。

 ところで、僕は、最近、外国に出ることの意味を一つ見出したような気がする。それは、「リアル」を感じるということ。言い換えれば、「直に」外国の「空気」を吸うこと。しかも、単なる旅行ではなく、生活ともなれば、その意味合いは深いものとなる。ネット上のバーチャルでは決して感じることのできない、匂い、手触り、そして体全体を包みこむ空気が、そこでは体験することができる。ネットで大方何でも済ますことのできるこの時代で、あまり意識されることなく薄れている「リアル」な感覚である。

 けれども、外国で、そのような感覚を体感している一方で、日本での「リアル」な感覚が薄れてきていることも、残念ながら否定はできない。
 
 今、僕が生まれ育った宮崎県というところは、鳥インフルエンザが猛威を奮い、霧島という火山が噴火している。「ある意味、テロよりも酷い」とロシア人に言わしめたこの状況を、僕はモスクワから見ている。灰が雪のように積もっている写真や、親との電話での会話からある程度の想像はつく。ある程度は……。ただ、やはり、100パーセントはっきりとしたイメージを持って考えることは難しくなっている。いくら18年間過ごした場所でさえも、「今」という「リアル」な感覚が欠けたときに、脳裏に浮かぶ風景というのは、自然と不十分なものになってしまう。故郷のことが、ぼんやりとしか思い起こすことができないのは、もどかしいことだし、寂しいことだ……。

 今、僕が感じられる「リアル」は、モスクワという街においてである。宮崎でも東京でもない、モスクワである。この「リアル」は、いくら日本の人がネットで感じようとしても無理な感覚である。かつてモスクワの地を踏んだ人であっても、100パーセントの「リアル」は感じ得ない。
 たった今、生活することでしか感じられない、この「リアル」を僕は真摯に発信していかなくてはならない。このことは、このブログのコンセプトであったはず。ならば……。
 
 残り2ヶ月を迎えるに当たって、改めて自己と向き合うのでした。

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