【ロシア】200日の漂流―モスクワ大学留学記2010-2011

2010年08月25日

マトリョーシカと日本

 ロシアといえばマトリョーシカといってもいいほど、マトリョーシカは日本でもよく知られています。僕も、中学のころ手作りのマトリョーシカを作ったことがあります。

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 そのマトリョーシカですが、起源についてはいろいろと説があるようです。ロシアで作られたというものから、日本の郷土玩具が日露戦争のときに伝わった、正教の修道士が日本から箱根細工の入れ子人形を土産として持ちかえったのがもとになったということがいわれております。いずれにしれも、ロシア起源説か日本起源説ということでしょうか。たしかに、日本のこけしや、だるまと似たところがあるような気もしなくもないです。

 いずれにしても、ロシアを象徴するおもちゃであることには変わりありませんが……

 マトリョーシカは、その人形の顔を有名人にしてみたりと多様な絵柄が楽しみのひとつであります。歴代の大統領の顔などは、よく見うけられます。
 そして、あの本田圭佑のマトリョーシカも作られているそうです。

チームの顔!本田『マトリョーシカ』大人気 (SANSPO 2010.8.25 05:05)
【モスクワ24日】本田がロシア土産!? ロシアリーグ・CSKAモスクワの日本代表MF本田圭佑(24)が、当地伝統の木製人形『マトリョーシカ』として人気を得ていることが分かった。世界遺産にも指定された「赤の広場」の露店にズラリ。日本の顔? いや、ロシアの顔!?
 秋めいたモスクワの昼下がり。世界遺産に指定されている「赤の広場」に絶叫がこだました。
 「Хонда! Хонда!(ロシア語でホンダ!)」
 振り返ると、あの世界でも知られたマトリョーシカを両手に、露店の店主がニヤリ。その絵柄は何と、本田だった。
 聖堂が林立する旧ロシア帝国の宮殿・クレムリン周辺の赤の広場などには多くの露店が並び、マトリョーシカが売られている。女性の絵柄が一般的だが、最近ではプーチン氏、ゴルバチョフ氏らロシア歴代大統領版など世界的著名人も並ぶ。
 そこに堂々と連なった本田の木製人形。高さは約15センチ、1体1000ルーブル(約3000円)だ。2つに分かれる人形の上部を持ち上げてみると、中から現れたのはセルビア代表MFクラシッチ(19日にユベントスに移籍)。さらに、CSKAモスクワの同僚が次々と出てきた。
 「この国で最高の栄誉を知ってるかい。大統領になる? KGB(国家保安委員会)に就職? 違う。これさ」と店主が指さしたのはマトリョーシカ。「しかも、一番外の絵柄。日本人初だね」。要約するとスターの証…ということらしい。

 鮮烈な無回転FKを決めた今年3月の欧州CL・セビリア戦後に登場したという。4試合2得点と活躍した南アW杯後に本格的に量産され、最近はどの露店にも置かれている人気商品。「すべて職人の手書き」と店主が胸を張る味わいあるでき映えだが、公式グッズではなくふつうの土産物になっているところに本田人気がうかがえる。
 一時は移籍に向けた動きが活発化していた本田だが、今季中はCSKA残留が決定的。ロシアの顔の1人としてマトリョーシカのモデルになった金狼が、次は世界の顔へとアピールする。


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 一番外の絵柄を飾る日本人は本田がはじめてとのこと。
 日本で人気の本田を一番外の絵柄にすれば、日本人によく売れるんじゃないか、なんという思惑はない(ただ可能性としてはゼロではないかと……)と思いますが、ここまで持ち上げられるのは、やはりすごいとしかいいようがありません。まあ、このマトリョーシカをみたら僕も迷わず買ってしまいすがね……


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2010年08月11日

サッカー・ヨーロッパ選手権−ウクライナ

 W杯が終わって数ヶ月たちました。日本人選手もふくめて、各選手の移籍などが連日報道されていますし、CSKAモスクワの本田圭佑選手の去就も、大注目です。また、選手のみならず、代表チームでも新しい監督が就任するなどと、サッカー界全体で、その動向が騒がしいです。われらが日本代表も、新監督が誰になるのか、契約が難航しておりますが…

 さてW杯のあとの大きな大会といえば、ヨーロッパ選手権ではないでしょうか。前回2008年の選手権では、ロシア代表がW杯準優勝のオランダを破ってベスト4に入り、サッカー界を驚かせました。
 そして、次回2012年大会はポーランドとウクライナの共催で行われます。それに関連して、ウクライナについて詳しい記事が出ておりました。


ウクライナの成功に燃えるマルケビッチ監督掲載: 2010年8月10日(火), 10.32CET
UEFA EURO 2010への準備を進める共催国ウクライナは、11日にオランダと対戦する。その親善試合を前に、ミロン・マルケビッチ監督は勝つことに集中すれば「どんなチームでも倒せる」と語った。
UEFA EURO 2012予選が、11日にタリンで開幕する。その一方で、本大会出場が決まっている共催国ウクライナも同日ドネツクのドンバス・アレナでオランダと対戦し、大会への準備を加速させる。
ウクライナは準備を開始した5月にリトアニアを4-0、ルーマニアを3-2、ノルウェーを1-0で下したが、今回の相手はFIFAワールドカップで準優勝したオランダ。その上、ミロン・マルケビッチ監督にとっては、オランダのベルト・ファン・マルバイク監督がワールドカップの控えGKミヘル・フォルムを除いてメンバーを一新したという難しさもある。
「リザーブチームを使うというオランダのプランについては、何もわからない」とマルケビッチ監督は話した。「レギュラーを数名休ませるのではないかとは思っていたが、ファン・マルバイク監督はワールドカップの出場メンバーを連れて来ないことに決めた。残念ではあるが、われわれの準備には影響しない。9日にキエフで集合し、翌日ドネツクへ飛ぶ」
ウクライナ・プレミアリーグで歴代最多の473試合で指揮をとってきたマルケビッチ監督は、2月に代表監督に就任。2005年から続けているFCメタリスト・ハリコフの監督も兼任している。25年の監督歴を誇るマルケビッチ監督のクラブでの経験に加え、アシスタントコーチのユーリー・カリトビンツェフ氏にも国際大会での実績がある。その指導の下、ウクライナは昨年、自国開催のUEFA U-19欧州選手権で優勝した。
今回の試合を迎えるにあたって、コーチ陣はU-21の期待の若手選手たちと、主将のアンドリー・シェフチェンコをはじめとする名の通った選手たちを混ぜ合わせることにした。代表キャップ数96を誇る33歳のシェフチェンコは、2012年をしっかりと見据えている。FCディナモ・キエフでよみがえったストライカーは、今季のウクライナ1部リーグ5試合すべてで得点中だ。
同じくベテランで31歳のアナトリー・ティモシュクは、FCバイエルン・ミュンヘンで控えだったが招集された。一方、新世代ではFCドニエプル・ドニエプロペトロフスクのMFエフゲン・コノプリャンコ、FCシャフタール・ドネツクのDFヤロスラフ・ヤキツキー、ディナモのFWアンドリー・ヤルモレンコが選ばれている。「チームには素晴らしい選手たちがいる」とマルケビッチ監督。「どんなチームでも倒せる。強調するが、どんなチームでもね」
「コーチングスタッフの役目は、いつでも高いレベルでプレーできるんだという自信を植え付けること。最初の3試合は良かったが、まだ手探りで進んでいる状態だ。試合はまだたくさんあり、魅力ある攻撃的なサッカーで結果を出せる代表チームをつくっていけると信じている」


シェフチェンコ

ティモシュク


 実は、有名な選手が多いというウクライナ代表。まだ2年後の話ですが、大いに注目したいです。
 ただ、ウクライナはIMFに支援を求めるほどに経済状況は悪いのです。なので、運営において、試合を行う場所の比率を、ポーランド側に重きをおこうか、という話し合いも出ているそうです。また、逆にいえば、ヨーロッパ選手権の運営がどれだけの経済効果をもたらすかという視点も面白いかもしれません。

 本田選手や、新たに移籍した巻選手や楽山選手の動向からロシアリーグが注目されがちですが、ウクライナも「熱い」国だということは気にとめておきたいものです。まあ、実際モスクワに行くからには、日本人選手が出場している試合は見てみたいですね。(実は、すでにCSKAモスクワのユニホームを持っています…)


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2010年08月07日

サブ・カルチャー2−ロシア人声優

 昨日、サブ・カルチャーについて簡単に触れましたが、今回も引き続き関連したことを書いていきます。

 何ヶ月前かは忘れましたが、朝日新聞にロシア人の声優がいるという特集記事があったかと記憶しています。少し気になっていたので、「ロシア人 声優」で検索をかけてみると、それらしいものが出てきたので、ここに紹介したいと思います。


声優を目指して日本へ―ロシアのオタク親善大使、ジェーニャ嬢 (マイコミジャーナル)

 上のリンクが記事です。


具体的なアニメの話っぽいですが、文化論についてかなり示唆的だなと思います。実際に、ロシアで紹介されているということなので、ひょっとしたら日本の明治時代の近代化とか、戦後の奇跡的な復興についてなんかよりも、現地で訪ねられる可能性がありますね。付け焼刃でも、情報を仕入れておいたほうがいいかなと…

 ジェーニャについては、自身のホームページやウィキペディアにありますので、きになった方は一度ごらんになってください。


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2010年07月01日

ロシアからW杯

 息がつまり、心臓が踊り、血潮が騒いだ。結果的には、落胆と悔しさと賞賛の念がこみ上げた。
 残念ながら日本代表は負けてしまいました。私も熱狂の渦に巻き込まれていたうちの一人でした。デンマーク戦で勝利した後は、寝ずにそのまま学校に行ったわけですが、その勝利に敬意を示すために、こっそりとインナーに代表ユニフォームを着ていきました。
 このチームの素晴しさやここの選手からは、感じる何ものかは確かにありましたが、このようなことは、多くの私なんかよりも詳しく、熱い多くの人びとが語っていただくと思いますので、あえて閉口いたします。

 まだ、W杯自体は終わっていませんが、これまで多くの試合を見てきた中で、特に気になったことがありました。それは、日本の本田圭佑をはじめとするロシアプレミアリーグでプレーしている選手が各国に多く見られたことです。例えば、鄭大世(チョン・テセ)(川崎フロンターレ所属)と共にFWとして活躍した北朝鮮代表の洪映早(ホン・ヨンジョ)は1部のFCロストフに所属しております。実際、どれほどの選手がロシアプレミアリーグでプレーしているのか疑問に思いましたので、以下調べてみました。

・日本 本田圭佑 (CSKAモスクワ)
・北朝鮮 洪映早 (FCロストフ)
・チリ マルク・ゴンザレス (CSKAモスクワ)
・オーストラリア ルーク・ウィルクシャー (ディナモ・モスクワ)
・南アフリカ マクベス・シバヤ (ルビン・カザン)
・ナイジェリア シディ・オディア (CSKAモスクワ)
・ナイジェリア サニ・カイタ (アラニア・ウラジカフカス)
・ナイジェリア ぺテル・オデムウィンギ (ロコモティフ・モスクワ)
・セルビア ミシュロ・クラシッチ (CSKAモスクワ)
・セルビア ダンコ・ラゾビッチ (ゼニト・サンクトペテルブルク)
・スロベニア ブランコ・イリッチ (ロコモティフ・モスクワ)
・スロバキア マルティン・ヤクブコ (FCモスクワ)
・ポルトガル ダニー (ゼニト・サンクトペテルブルク)

 
 私がアナログ手法で調べたので、もし間違いなどありましたら、ご容赦ください。ただ、こうしてみると、意外にも少ないような気もしなくもないです。実際、ロシア代表がW杯に出場していないことは多いですが、やはりヨーロッパ各リーグでプレーしている選手がほとんどを占めています。
 しかしながら、ロシアリーグは、ヨーロッパでプレーするための一つの指標であるともされます。ロシアリーグで鳴らした選手が、そのまま欧州のチームへと移籍するケースは多いです。そのように考えると、本田選手の移籍もかなり現実的な感じがします。

 何はともあれ、まだまだW杯は続きますので、しっかり見届けていきます。


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2010年05月11日

ロシアと野球―スタルヒン

 ヴィクトル・スタルヒンというプロ野球選手をご存知でしょうか。戦前から戦後にかけてのプロ野球黎明期の選手であり、ちょうどかの沢村栄治と同世代ですが、野球好きであれば知っている人もいるかと思います。私は、個人的に野球が好きですので、かねてからその名は知っていましたが、彼がロシア人だったと聞いて少し突っ込んでみようという気になりました。

 スタルヒンは、ロシア革命により亡命を余儀なくされた一族出身、いわゆる「白系ロシア人」になります。幼いころに北海道へ亡命し、そこから野球人生を歩んでゆき、後にプロの投手として名を馳せます。年間42勝をマークするなど、現代ではもはや伝説と読んでよいほどの選手でありました。
 ただ、時代が時代でしたので、当時の政治的影響は免れませんでした。ソ連は、日本にとっては敵国でしたので、白系ロシア人のスタルヒンも敵国人種と見なされ、軟禁されたといいます。また、名前も戦時中は、「須田 博(すた ひろし)」と改名していたといいますから、当時の情勢が垣間見えます。

 ロシアと野球、という関係性にはなかなかピンときません。実際に、ロシアでは野球人口が少なく、存亡の危機だとさえ言われます。というのは、ロシアでは主としてオリンピック種目が重視され、政府の援助等も種目によって差が激しいからだそうです。ロシアの野球ナショナルチームは、オリンピックに出場できない状況であり、また北京五輪以降、野球種目が除外されるという事実から、援助が乏しく人気も低迷しているとのこと。
 かつて、野球が五輪種目となる92年のバルセロナ五輪を目指して、「ソビエト連邦スポーツ委員会」は86年に野球に力を注ぐことを決定し、89年に日本のビジネスマンのおかげでモスクワに野球専用スタジアムを設けるまでにいたりました。しかしながら、91年にソ連が崩壊し、野球強化企画はほぼ消滅してしまいました。あと5年共産政権が続いていれば、ロシアの主要なスポーツになり得たかもしれないという声もあります。
 このような歴史を経て、ロシアと野球の関係性は現在に至ります。確かに、ソ連仕込の強化をもってすれば、ひょっとしたら面白い感じにはなったかもしれないと思わなくもないです。

 ヴィクトル・スタルヒン。50年以上の時間の隔て、ロシアでの野球低迷を加味すると、日本でもロシアでも、その名を聞くことは少ないのでしょう。しかしながら、私は野球界における投手としては勿論のこと、日露交流のうちの白系ロシア人の影響という面からも、心に留めておくべき人物だと信じています。


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