【ロシア】200日の漂流―モスクワ大学留学記2010-2011

2011年03月04日

はじめての一人旅―ワルシャワ~クラクフ編

 3月3日。7時起床。支度をして、9時前にはチェックアウトした。まずはワルシャワ中央駅に向かい、クラクフ行きの切符を買う予定だった。中央駅の正面が工事中なため、どこから入ればよいか困惑したけれども、何とか購入まで済ませられた。しかしながら、果たしてこの切符が指定席なのかどうかは、分からないままだった。

 ワルシャワを14時10分に出発する予定になったので、数時間時間ができた。とりあえず荷物をロッカーへ預け、前日行っていない新市街地を目指した。この道の途中には二つの大きな公園もあるということだったので、散歩もかねて歩くことにした。
 ここの道も広かった。平日の午前中ということもあってか、人はまだらで、いるのも年配の方が多かった。静かだった。本当にここが首都だろうか、というほどに平穏な道だった。この日も晴れていたということもあってか、平和な時間の流れだった。

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 一通り散歩をしていると、すぐ近くが旧市街地だということに気付いた。昨日行ったから、という理由が脳裏に浮かぶはずもなく、僕は吸い寄せられるように、ふらふらと旧市街地に出てしまった。印象は変わらなかった。僕が詩人なら、「ワルシャワ!」という詩を書きたい、そう思わせるような感慨だった。

 そうやってワルシャワに思いを寄せても、時間はやって来る。そろそろお別れだ、と駅へと足を向けた。

 駅について、ホームに着いたときに、再び不安が過ぎった。果たしてこの切符は指定席なのかと。切符には、二等、としか書いておらず座席らしい表示はなかった。まあ何とかなるだろう、と楽観視してホームで待った。
 待っていると、突然袖を引っ張られた。ん!?と思って振り返ると女の子が、コップをこちらに突きつけて、知らない言語でわめいていた。お金をせびってきたのだった。女の子は、浅黒い色をしていた。おそらくロマ(ジプシー)だろう、そう思った。ヨーロッパ、特に東欧でよく生活しているという彼らに、初めて会った。噂には聞いていたので、その瞬間はいささかの驚きを覚えたけれども、言葉が分からないふりをして、適当にやり過ごした。

 話が飛んだ。列車がやって来た。すると乗客たちが一斉に走りだし、入り口に向かって突進していく。何だ何だ、と思ったときには、理由が分かった。席が自由席だったのだ。と気付いたときは遅く、席を見つけるのは難しかった。座席はクーペのように、部屋で別れていて、一部屋6人がけだった。ある部屋は、柄の悪そうなおじさんたちがお酒を飲みながら踏ん反り返っていたので、誰も入ろうとしなかった。さすがの僕も、それには躊躇して、別を探し、何とか平和そうな部屋に入った。
 ワルシャワからクラクフへ向かう道は、ずっと田舎道だった。まるで絵画や映画に出てきそうな、ヨーロッパの田園風景ともいうものを目にすることができた。列車の中では、ちょっと眠ったり、本を読んだりしていた。
 ワルシャワを経ってから、3時間半が経過した。列車はクラクフに到着した。予約していたホテルを探し、近くのデパートのケンタッキーで夕食を済ませ、21時には就寝した。なぜこんなに早く眠ったか?それは翌朝6時半の列車に乗るためだったからだ。

 4日。4時起床。ゆっくりと支度を済ませ、6時には駅にいた。切符はあらかじめ買ってあったので、パンを買い込んで、ホームへ向かった。行き先は、オシフィエンチムというところ。ドイツ語で、アウシュビッツ。かつてナチス。ドイツの強制収容所として多くのユダヤ人などが連れていかれたあの場所である。

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 アウシュビッツ行きの列車は、延々と田舎道を行く。あまりの田舎具合に、妙に懐かしさがこみ上げてきたのは不思議なことだろうか。乗客は、自分を入れても5人くらいだった。平日の早朝だから仕方がない。
 結局、列車の中には2時間くらいいた。予想以上に遠かった。クラクフから54キロで、加えてローカル線だったからということもあったろう。外の風景を眺めたり、いろいろと思いを巡らせたりしても限界があったので、本に走った。いつの間にか『人間失格』を読み終えていた。

 アウシュビッツに着いた。収容所だったところへはバスが通っているということだったが、歩いても20分くらいだという。――歩いて行こう。そう思ったのは、この町の空気を吸いたいのと、歩いて到着する際の感動を得んとしようがためだった。歩き出した。しかし、迷った。果たしてこの道でよいのだろうか、という不安が過ぎった。田舎なため、周りには民家くらいしかない。だんだんと不安をかき立てられたので、思い切って近くのお婆さんに聞くことにした。
「すみません、博物館(収容所)はどこですか?」(英語)
「(指で示しながら)あっち」(ポーランド語)
と言うので、向こうですね、とこっちも手で方向を示す。
「そうそう、ここを10分くらい歩いて、右に曲がるんだよ」(ポーランド語)

ポーランド語が分かる!実はお婆さんが使ったポーランド語の単語がほとんどロシア語に似ていたのだった。十分に理解したので、行き先へと向かった。

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 到着した。早速中に入った。入り口には「働けば自由になる」というスローガンが掲げられていた。集団の見学客がいたけれども、中は静かだった。中にある一つ一つの小屋が博物館になっていて、順々に回っていった……。

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 悲劇。悪夢。そんな言葉じゃ済まされないだろう。目を背けたくなる写真ばかりだった。まるでアフリカで飢餓に苦しむ子どもたちのような姿があった。しかも子どもだけではなく、大の大人の姿も。労働している写真。集団リンチの写真。処刑の写真。銃殺される前で、目隠しをして直立している人に、銃口が向いている。直立したまま倒れる姿。後ろの壁には血が飛び散っている。おびただしい数の遺体たち。焼かれ、埋められている写真。
 写真だけではない。ここに収容されていた人たちが実際に使っていた生活用品が展示されていた。眼鏡、衣服、靴、鞄、ブラシ、食器、義手、義足、松葉杖……。加えて、ガス処刑のためのガス缶も。しかもゴミ処理場のように、山積みされているのだから、威圧感が半端ではない。あるフロアは、一体に靴が山積みされていて、そこに立ったときに、僕はこの靴たちに囲まれている気がして、ある種の恐怖に駆られた。何か収容され、処刑された人たちの情がこもっている気がしてならなかった。そのとき、僕は一人だったのだけれども、その何か僕を圧迫する力に、長時間堪えることはできず、ひと目見ると、その場から立ち去った。

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 そして、処刑場だ。ここで幾人もの人が執行されたと思うと……。ここで強制労働に従事していた人たちは、ここで鳴り響く銃声をどう思っていたのだろうか。想像するのは失礼かもしれない。
 おおよそ、ここに収容された人たちは、「人間」として扱われていなかった。男女問わず真っ裸で一箇所に集められて、労働もそうだし、ある者は人体実験にも使われていたという。そして、ここに人を集め、いいように扱ったのもまた人間である。ここではドイツが悪いとか、ヒトラーがいけない、とかいう話は別だと思う。これは人類の歴史である。ありきたりな言葉かもしれないが、実際にアウシュビッツを見たものとして、こう主張したい。人間、その気になれば何でもやりかねない、という教訓だと思うのだ。
 とある部屋に、以下のような文言が書いてあった。

「歴史を思い出さない人間は、もう一度その歴史を経験しなければならない」

アウシュビッツで出会ったこの言葉は、ただただ重い。


 正午も過ぎたころ、僕はアウシュビッツを後にした。また2時間ほど列車に揺られ、クラクフへと戻った。その間、『ヴィヨンの妻』『愛と美について』の太宰の2作品を読了した。なぜ今太宰を読むのかは、単なる気まぐれにすぎない(と思っている)。

 クラクフ駅に着き、明日のプラハ行きのチケットを買った。明日の午前に出発し、乗り換えを経て、夕方到着の予定。

 さて、クラクフ。ポーランド王国の全盛期のころの首都が、ここの旧市街地である。門から入場し、街の中心である広場に抜ける。人は、ワルシャワよりか圧倒的に多かった。クラクフは、第二次世界大戦の際に、奇跡的に災難を逃れたので、今も昔の姿を現している。そう考えると、妙に胸が高鳴る。

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いくつかの修道院を横に、街の奥に入っていくと、丘にヴァヴェル城というお城が待ち構えている。城に登るとクラクフの街の風景を見渡すことができる。またしても、絶景ポイントとめぐり会ったというわけだ。
 
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 しばらく、ヴァヴェル城の中を歩いた。全く同じ場所に、かつて王国の人たちも立っていたと思うと、ロマンを感じざるを得ない。

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 しばらく旧市街地を当てもなく散歩した。お土産を買って、ポーランド料理も食べ、そして今に至っている。駅の近くに、超現代的な巨大ショッピングモールがあって、そこのスターバックスから記事を打っている。こうやって現代と過去とを見事に、違和感なく融合できているのはなぜだろう。これはワルシャワも同じこと。ポーランドには、今までにないくらいの強烈な印象を得たので、後日また感想を書きたいと思う。ロシアの次に興味の沸く国が、まさかポーランドとは思いもしなかった……。

 旅は続く。

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posted by Itta at 23:59| Comment(1) | 留学日誌(観光) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。。
Posted by 履歴書の封筒 at 2012年10月21日 02:09
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