【ロシア】200日の漂流―モスクワ大学留学記2010-2011

2010年08月12日

ユーラシア主義1−概要

 ロシアを統治するに当たって、どのようにまとめていくのかというのは、思想上でとても大きな問題です。たとえば、正教でまとまろうとか、スラブ主義でまとまろうなどと、歴史的にさまざまな議論がなされています。その中で、ロシアを「ヨーロッパでもアジアでもないユーラシア」としてまとまるという「ユーラシア主義」とよばれるものがあります。
 ユーラシア主義という思想は、ロシア革命後の1920年代に、亡命ロシア人たちによってはじめて提唱されました。代表的な人物に、言語学者のトルベツコイや地理学者のサヴィツキーといった人たちが挙げられます。

 ユーラシア主義が登場した背景として、当時の西洋の退廃的な状況や、ロシアの西洋への傾倒への批判などがあります。西洋の状況としては、シュペングラーの『西洋の没落』の影響なども大きく、まさしく「時代性」から生まれたといってもいいほどです。
 ユーラシア主義が提唱されてから、主に論壇で運動が繰り広げられていましたが、ユーラシア主義の議論が多岐にわたっていることから、内部分裂が起こってしまい、運動は挫折してしまいました。さらには、「ユーラシア」という地理性が重きを占めていることもあり、結果的には、ユーラシア全体を統治していたソ連の存在の肯定につながっていきました。運動の決裂やソ連が比較的安定していたこともあり、ユーラシア主義という思想は、だんだん陰を潜めていきました。

 時はたち、ソ連が崩壊した後、ロシアをいかに治めるかという議論が再び起こり、そのときに再びユーラシア主義が主張されました。プーチンやメドベージェフもこのユーラシア主義を肯定しています。現代のユーラシア主義(新ユーラシア主義ともいわれます)が、どのような様相をしていくかは、もちろん今後のロシア情勢を見ていかないとわかりませんが、少なくともロシアを考える上で鍵になる思想であります。

 今後、このブログでユーラシア主義について、1920年代の黎明(れいめい)期から、少しずつ取り上げていきたいと思います。


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posted by Itta at 15:47| Comment(0) | 思想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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