ここで気になるのは、日本国内での諜報活動である。それについて、少し触れたい。第二次世界大戦敗戦後、多くの日本兵がシベリア中心にソ連域内で抑留されていた。いく年かの重労働の後、ようやく解放されるわけだが、その際に日本人の中にスパイにしたて上げられた人物がたくさんいたという。したて上げられた、といったが、どちらかといえば、戦争の容疑と棒引きで、やむを得ずスパイになった人が多い。それ以外にも、ロシア語の翻訳の仕事を頼まれて続け、そのままスパイ活動に加担していった学者や、ロシア美女(スパイ)に「騙されて」、取引としてスパイになった新聞記者など、多様なプロセスを経ている。一番の大物では、大物政治家の後援会の事務局長を務めた人もいるというから驚きだ。
私は、この「ラストボロフ事件」を、三好徹の『小説ラストボロフ事件』(1971、講談社)という作品ではじめて知った。
この作品には「小説」という字句が題名に付されているが、じつは、小説的な部分はきわめて少い。終章の世良元警部の推理を除いては、すべて筆者が調べた事実や入手した資料によりかかっている。登場人物も、外国人はすべて実名である。ただ、日本人については、あくまでも小説として処理した。しかし、チャイカもネロもフジもすべて実在したスパイで、かれらの行動はこの作品に書いたとおりであった。それはかれらが読めばよくわかるであろう。執筆にさいして筆者は、小説よりも、むしろノンフィクションをつづりたいという衝動にかられたほどであるが、それを断念しなければならなかったのは、現存している関係者があまりにも多いという理由に因る。
これは、その小説の「あとがき」である。とりわけ最後の一文が、このスパイ事件を物語っているように思える。
この作品には、事件を取材している新聞記者が多くの場面で登場するが、記者の心得を語る上司の存在など、かなりのリアリティがある。というのは、やはり三好徹が新聞記者出身だったということが大きいだろうが、そのような点でもたいへん面白いものだと感じた。もちろん、本筋もテンポよく進んだりと、小説としても読み応えのあるものだった。
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