【ロシア】200日の漂流―モスクワ大学留学記2010-2011

2010年03月31日

ロシアの存在感?―朝日新聞【国際】面の統計より

 私は朝日新聞朝刊を購読しているのですが、今月の【国際】面に掲載される国について統計を取ってみました。どの国が何日掲載されたかを計り、記事の大小は考慮しておりません。【国際】面のみで、一面や【政治】、【経済】面に載っている国はカウントしていません。そんなんでは駄目だろう、という声があるかもしれませんが、【国際】面は、日本とかは関係なしに純粋に国際情勢を伝えています。ですので、何らかの指標にはなるかと願っています。私がアナログに算出したもので、コンピュータのような正確さは保障しませんが、ほぼこのような数字です。

朝日統計.bmp

 <一日のみ掲載された国、地域>
スペイン、ボスニア、ウガンダ、シンガポール、トーゴ、パレスチナ、ニュージーランド、チベット、キューバ、ペルー、グルジア、東ティモール、ルーマニア、ノルウェー、マルタ、ベトナム、ネパール、アイスランド、オーストラリア、サウジアラビア、ケニア、スリランカ


 朝日新聞には、時々【アジア】という面があるので、アジアに関してはやはり力を入れているというところでしょうか。各国の特集などがなされています。
 意外だったのは、ロシアが多いということです。実際、朝日のモスクワ支局は日本のマスコミの中でも大きいほうだそうなので、情報が多いことは頷けます。もっとも、中国やアメリカ、韓国は日本との関係で語られることが多い国で、【政治】面にもよくそのことが書かれています。しかし、ロシアが日露関係の文脈で語られることは、頻繁ではありません。にも関わらず、ロシアの情報が多いことは、国際情勢における存在感のようなものを暗示しているのかもしれません。
 このような信憑性のない拙い数字から一般化するというのは、たいへん懐疑的ではありますが、ふと数字を見ながらそのようなことを感じたまでです。


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posted by Itta at 23:58| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月30日

「身近」なテロ

 日本は平和ボケしている、などと言われることがありますが、その感は決して否めません。テロや戦争ということは、他人事のような非現実的なものだと思われているかもしれません。
 しかしながら、世界水準―世の厳しさとしての水準―で物事を考えたときには、常に危険は潜んでいるわけです。勿論、日本も例外ではありませんが、危機意識という面に関しては、薄いように思えます。
 テロル。もはや、世界的にはいつ起こっても不思議ではないのかもしれません。少し年月はさかのぼりますが、大国であるアメリカやイギリスでも容易に起こったのですから。当然、テロが起こるには、それなりの要因がありますが、だからといって、日常から危機意識を捨て去るということは軽率ではないかと思います。加えて、何もテロに限ったことではなく、窃盗や殺人という危険も日常には孕んでいます。そのような範囲まで含めての危機意識が必要なのかもしれません。
 
 昨日、モスクワで、地下鉄テロが起こったことは周知のことです。(これをテロと呼ぶかは物議があるかもしれませんが、一応テロとします)事件を知ったときに、中東や東南アジアで起こるテロとは違った、「身近」なものとしてテロを捉えてしまいました。これは、勿論私がロシア進出を考えているからこその意識です。ただ、テロが「身近」に感じられたときに襲われる恐怖というものは、ただならぬものなのです。
 普段、いかに中東や東南アジアでのテロを他人事のように軽く見ていたかを、昨日から感じている「恐怖」は教えてくれました。恐らく、テロが頻発している地域のことを「異世界」のごとく捉えていたのでしょう。無意識のうちに、差別化を図っていたのかもしれません。
 
 「恐怖」を感じた、といいましたが、同時に「痛み」というかある種の哀しさというものも覚えました。しかし、ひとえにテロの実行犯を憎むことは出来ません。実行した人は、北カフカース系の人で、最近までFSBがそこで掃討作戦を続けていたというではありませんか。もしも、他者意識を持つならば、自業自得だなどと言って無責任に片付けることでしょう。
 しかし、「身近」なものとして捉えてしまった以上、より真剣にことの情勢を視てゆくしかありません。どういう因果関係があるのか、ロシア側がどんなに酷いことをしたのか、という風に、多くの状況を踏まえた上で、自己判断を行わねばならぬと、自戒を込めて痛感しました。


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posted by Itta at 07:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

地下鉄爆破テロ

 現場の様子が語られています。
585.jpg

img_2285.jpg



 ロシア語が分からなくとも、雰囲気は充分に伝わります。

 写真、動画はThe Moscow Timesを参照しております。

 写真ギャラリー(たくさん掲載されています)

  The Moscow Timesトップページ

posted by Itta at 00:04| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月29日

食料の確保!

 先週の金曜に、ブラジル、ロシア、インド、中国の4カ国、いわゆるBRICsの間で、食料問題に関する協議が行われた。各国の農業大臣が集まり、農業や貿易について話し合われた。
 協議では、WTOのドーハラウンドを完了させるなどの国際経済についてのほか、4カ国で団結して、農業を伸ばしてゆくことなどが話題に挙がった。何でも、各国が需要と供給の算定をより正確に行ってゆくためのデーターベースを、協力して設立するという。また、農業技術分野における開発も協力してゆくそうだ。そして、4カ国間の貿易をもっと活発にしてゆこうじゃないか、ということも話し合われたという。

 現在、BRICsは、世界の人口の42%を占め、世界の耕作地の32%を占めている。さらに、小麦は世界の40%、豚は世界の50%、家禽(家畜として飼育される鳥)は30%以上、牛肉は30%、それぞれ占めている。

 ロシアの貿易に占めるこの4カ国の割合はすでに高い。肉類の65%はブラジルから輸入し、農業分野において全体の12.4%をブラジルは占めている。また、インドは穀類やナタネ、アブラナなどの油糧作物の買い手として確実だそうだ。
 しかし、ロシアは他国からの農業生産物の輸入を増やそうという気は、そんなに無いという。今年最初の食料問題に関する方策(ドクトリン)において、メドベージェフは、国内で消費される肉類の85%は、国内で生産すると述べ、ロシアという国自体を、局地的に、主要な農業輸出国にすると発表したそうだ。目標としては、今後15年で、農業輸出額を2倍にするといわれている。

 
 現在、世界的な問題として人口増加による食料不足が挙げられている。これからは、食料の奪い合いが起こるとも言われているほどにである。飽食の国にあっては、なかなか実感しづらいが、現実はそのようだという。ロシアをはじめとするこの4カ国には、水面下での動きともいうべく、時代に対する「鋭敏」さを感じる。国家としていかに生き残ってゆくか、これを常に自問しているような態度を、この一連の協議から、ふと感じた。


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posted by Itta at 20:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月28日

ロシアの「性(さが)」―司馬遼太郎より

 少し前に、司馬遼太郎の『ロシアについて』(昭和61年)という著書を読みました。これは、『坂の上の雲』、『菜の花の沖』の2つの作品が書かれた後に発表された、ロシアについての論考です。ふと読み返してみて、歴史から考えたロシアは、現代ロシアを考える上でも、かなり説得力のあるものだと感じました。


「私どもは、人類の文明史からみて、ロシア人によるロシア国は、きわめて若い歴史をもっていることを重視せねばならないと思います。(中略)若いぶんだけ、国家としてたけだけしい野生をもっているといえます。」(『ロシアについて』より)

 ロシアにおいて、「タタールのくびき」といわれるモンゴル人による長期支配がなされていたことは、知られているかと思います。その支配においては、奴隷扱いによるひどい搾取などで、かなり苦しめられていたといいます。その後、モンゴルの支配から解き放たれたロシアには、ロマノフ朝という、強大な王朝が成立します。しかし、農奴制などの搾取などは一向に続き、本質的には、モンゴルの支配とはあまり変わらないというという考えもあります。この考えは、現在は古いものだとされますが、支配されていた人々たちからすれば、全く異なるものだとはいえなかったでしょう。そして、留意すべきは、かなりの割合に異民族が、ロシアには存在していたことです。


「ロマノフ王朝は、モンゴルの汗がそうであったように、皇帝の専制に終始しました。王朝末期の政治家で、積極的に開明政治を推進し、地主貴族(当時、専制派でした)とは激しく対立し、最後には追われるようにして政界から引退したウィッテ伯爵(1849〜1915)でさえ、その回想録のなかで、

 ロシアは全国民の35パーセントも異民族をかかえている。ロシアの今日までの最善の政体は絶対君主制だと確信している。
 なにがロシア帝国をつくったか。それはむろん無制限の独裁政治であった。無制限の独裁であったればこそ大ロシア帝国は存在したのだ。

 と書いているのは、かつての―あるいはその後の―ロシア的本質を考える上で、深刻な問題をふくんでいると思います」(同上)


 さてさて、たった二つの抜粋ですが、妙に現代においても説得性を覚えるのは私だけでしょうか。歴史が、国家としての「性(さが)」をなしているように思えます。現代ロシアが、独裁性の強い国家として見なされる傾向には、このような歴史的背景があるのだと思っています。
 独裁は悪である、というアレルギーともいえる意識が大半を占める現在において、ロシアは、独裁、だから駄目という風に捉えられることも仕方がありませんが、それではあまりにも軽率だといわねばなりません。何故、ロシアはこのような行動をとるのか、などの考察は、ロシアの「性」を認識した上でなければ、はっきり見えてこないと思います。
 勿論、独裁を肯定しているわけではありません。ロシアの闇ともいえる部分は、弾劾されるべきではあります。ただ、それとは別に、よりロシアを知るためには、そこをも認識する必要があるということです。

 司馬遼太郎に、改めて、歴史から考えてゆくことの重要性、必要性を感じました。勿論、司馬遼太郎の言うことが全てだ、と断定することは出来ませんが、重宝すべき、本質的な意見として、心に留めておきたいと思います。


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posted by Itta at 23:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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